言わせてもらえば
ダンスでも男はつらいよ。

サルサを始めて一年が過ぎた。とりあえずは普通のパーティやクラブで困らない程度には踊れるようになった。技の数でいえば「普通に踊って、同じステップを繰り返さないで一曲踊れる」程度にはなった。

さて、ではサルサについて、始める前にわからなかったことと、いまわからないことの量を思うと、あまり変っていない。

例え話でいえば、私は大きな海を前にして、浜辺から、水の中に50センチほど入ったところにいるような気がする。海の大きさに較べれば、浜辺から眺めようと海のなかにほんの少し入って見ようと、わからなさは同じようなものだ。

泳げない人から見れば、カナヅチと25メートル泳げる人は全然違う。そういう意味でいまの私は全く踊れない人ではない。しかし、いまだに「踊れる人」ではないのである。

私の他の趣味、例えば囲碁でも、音楽でも、同じようなものだろう。全く知らないわけではないが、ほんとうに知っているわけではない。ひとつの芸のあまりの深さ巨大さには「やれやれ」と言いたくなる。

しかしそれでも、ときにはホンの少しだが「進んでいる」と思えるときもある。

ダンスという種目、ことに男女のペアで踊る種目には思わぬ発見のあるものだ。私はこの一年間「入門者」「下手な人」という立場で踊ってきたので、初心者に対する女性の残酷さをなんども見た。この年齢になってこういう感覚をリアルで味わえるのは、皮肉ではなく、有り難いことだ。

もちろん優しい態度の女性もたくさんおられるわけだが、なかにはいろんな人がいらっしゃる。男性が失敗すると露骨にイヤな顔をする人もいるし、自分より下手な男とは絶対踊りたくないという人もいる。反対に女性が初心者でろくにリズムも取れず、上手な男性のリードに付いていけないときに「初心者の女性に対して難しいステップをする男がダメだ」と相手のせいにできる感覚の持ち主もいる。

多くの男性初心者が「すみません、すみません」とオドオドしてかえって失敗を重ねたりしているのに比べると、女性というのはまことに生命力旺盛な生き物なのだなあ、と、こういうことが抽象論でなく自分もまたその場の当事者として味わえるのも、またダンスという種目の一部分だ。

うまくステップをつなぎ、リズムに乗ってリードできると、初心者に冷たい視線を向けていた女性が、ふとこちらのリードに身を任せることがある。それは、上手に踊れたということの証しで、なかなか快感な瞬間である。




(2004年05月27日)





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