Kyaikhtiyo
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ヤンゴンを離れて黄金の岩へ出発。
途中立ち寄った村は、アジア街道の交差点だ。

朝6時に電話が鳴った。玄関にクルマが来ているという。

「7時と言ったはずだから待たせてくれ」
「わかった。ところで明日は何時に帰ってくるのか」
「なんでいまそんなこと聞くんだ。初めて行くのにわかるもんか。運転手に訊いてくれ」

次の予定を聞きたがるのは「監視」の意味ではないのかもしれない。ミャンマーの人は案外せっかち、というか「目の前の問題をいますぐ解決したい」という傾向が強いようだ。

このホテルはいったん精算する。 これまでの2泊の料金(一泊30ドル+税/サービス各3ドル)に食堂や冷蔵庫のビール代など加えて約85ドルをクレジットカードで支払う。

これから田舎に行くのだからFECとはいえ現金のほうが安心できる。クルマのチャーターに金を使ったから、手持ちのFECは「出国時換金できる」という300ドルよりは少なくなる見込みだ。

ドライバーは眼鏡をかけて痩せたおじさん。50歳くらいか。「朝飯を食べてくるからちょっと待っててくれ」と言っておき、トーストとオムレツを食べて出発する。クルマは話のとおりクレスタだ。ドライバーの名はキン。さすがにロンジーではなくズボンを穿いている。


市街地を離れるとすぐに一本道になった。道というものが町と町を結ぶ「線」であることがよくわかる。風景は東南アジアのように湿潤なものではない。白黄色の土が乾いて埃(ほこり)を立てている。

トラック修理 途中「交差点の町」で休憩する。ふたつの「線」が交わる地点だ。「Cross Roads」という言葉を実感する。日本のように網の目に道路があるのではない。ふたつの街道が交差する場所はここ一点のみだ。

乗合トラックと物売り その町は乗り継ぎの町らしく、トラックが着くと荷台から人が降り、別のトラックにまた乗り込む。時刻表などはなく、人がいっぱいになったら出発する。荷台に満載した人と荷物は途中でこぼれ落ちそうだ。

頭で運ぶ トラックの周りに物売りが集まっている。旅の途中の水や食事を荷台から手を伸ばして買うのである。


自転車
周辺の村から来る人も多いらしく、自転車が行きかっている。市場では壷や穀類、油などを売っていた。売り物もなんとなく乾いていて、東南アジアの作物という感じがしない。

床屋 床屋の椅子に座って頭を刈られている坊主も、頬に白く粉を塗っている。虫除けとか、皮膚病を防ぐとか、そういう実益もあるのかもしれない。

油を売る 食べ物を売っている店があったので昼飯を食べる。キンは勝手に注文し、自分の分も合わせた金額を言う。私が一人では注文もできないと思っている様子だ。いつも大甘の観光客ばかり相手しているのだろう。

その程度の金は当然こちらが持つに決まっているのだが、なんの断りもないのが気に食わない。

頭で運ぶ この道をまっすぐ行くとマンダレー、右に曲がるとバダンという。土埃がひどい。干潟がそのまま乾いたような頼りない土である。いったん降ればものすごい泥濘(ぬかるみ)になるに違いない。いまは乾いて細かな埃が舞っている。



c 1998 Keiichiro Fujiura


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