言わせてもらえば
勝負の「常識」。

ヤクルトの藤井投手が5月30日の対読売ジャイアンツ戦で勝ち投手になった。7対0の勝利はスワローズファンの私としてはもちろんうれしいものだ。しかしこの試合はそれ以上に、やや心配しながら見守り、結果にホッとした一戦であった。

その一週間前の5月22日に藤井はやはりジャイアンツ相手に投げ、8回までほぼ完璧なピッチングを続けていた。9回表6対1でヤクルトリード、2死三塁という場面で藤井は打席に立ち、遊ゴロを打って一塁へ全力疾走しアウトになった。

問題はここからである。一塁から戻ろうとする藤井にジャイアンツベンチから罵声が飛んだ。そうとうひどいものだったらしい。「なにをやっとんじゃ」「野球を知らんのか」と翌日のスポーツ紙には記載されている。

藤井は涙目でベンチに戻ったという。動揺が収まらなかったのだろう。直後の9回裏先頭バッターの江藤にホームランを浴び、そのまま立ち直ることができず、3連続四球を出してノックアウトされてしまった。試合後も「自分が常識を知らなかったのだから謝りに行こう」と言ったらしいから藤井の人の良さもたいしたものである。

ここでの「野球の常識」とはつまり「この得点差でありすでに勝負はついているから早く終わろう」「投手はどうせ打てないのだから全力疾走する必要はない」ということらしい。

しかし、それが「常識」だろうか?

もし「すでに勝負がついているから早く終わろう」というのであれば、それを言い出すべきなのは負けているほうではないのか。

囲碁将棋でも「この対局はこれ以上続けても無駄だ」と勝負の終わりの宣言をするのは「負けました」という言葉である。勝っているほうが「早く終わろう」ということなど有り得ない。もし言ったとすればそれは相手を見くびる態度で、非常に失礼なことだ。

勝っているほうは有利な局面だけに慎重なうえにも慎重になって「優勢を勝勢へ、そして勝利へ」と向かっていくのであって、全力かつ真剣に向かうのが当然である。

ほんとうに「早く終わろう」と思っているのなら、読売こそ9回の攻撃を三者凡退にすべきだった。それが「勝負の常識」というものだ。

5月30日の試合で藤井は8回を0点に押さえるとともに自ら2本のヒットを放った。心無い言葉が素直な若者を成長させることもある。



(2001年5月31日)





表紙
表紙
黄年の主張
黄年の主張
GO PREVIOUS
前へ
GO NEXT
次へ