ふじうら旅日記

2日目 その2






海難漂流者たち
雨が少し強くなった。港からの急な坂を登って村落へ戻る。野生の白い百合が咲 いている。

11時になったので食堂「やまや」へ行ってみた。虫避けの網戸を開 けて入る。船から一緒に降りた教授のような風貌の人が先客だった。

この人は ヘリコプターが飛ぶのならそれで八丈島へ行くつもりだが、いまは飛ぶかどうか 決定を待っているのだそうで「食べるくらいしかやることがないんですよ」と 笑っていた。私は「白身魚のホイル焼き」を食べる。案外モダンなメニュー なのである。

さて朝飯も済んだしどうしよう。島のどちら側の道に行くかまだ決 めきれていない。とりあえず傘も足りないしいったん御蔵荘に戻ることにした。 フロントで我々を待っていた様子の支配人に呼びとめられる。「2時半に南郷に 水汲みに行く人がいて、一緒にクルマに乗せて行ってくれるということですが、 どうします?」それは好都合だ。もちろんお願いします。

その場で電話をかけてくれた。その様子では、相手はさっきの駐在さんらしい。 駐在さんが予定もなく御蔵島に降りた私たちに同情して、水汲みに行く人に話 をしてくれたものらしい。ありがたいことだ。

「南郷への出発は2時半です。ところでえびね公園のほうに行く人 がいるんですが、一緒に行きますか」「いつです?」「いますぐです」。あ、行 きます行きますと急いで支度する。これで西側も東側も行くことができる。大 ラッキーだ。

「えびの公園のほうに行く人」とは船でも一緒だった女性グループだった。 立派なカメラを持っていて、雰囲気としてはデザイン学校か美術学校の課題を撮 りにきたという感じだ。小雨の中、旅荘のバンに乗り込む。

運転をしてくれるのは支配人。この人は御蔵島生まれではなく、福岡出身 だという。御蔵荘は村営だがスタッフは東京の会社に依託しているそうな。話好 きである、というか話相手がいるのが久しぶりなのかもしれない。

御蔵島の周りは黒潮で、ダイビングにも海水浴にも向かない。住民は280 人で、この島で採れるものだけを食べると180人が限界と言われていて、足 りない分は船で運んでもらっている。最近はイルカ・ウォッチングが主要な 観光資源だ。この島ができたのは伊豆七島の中でも古く植物相が変 わっているらしく研究者がよく泊まりに来る。なんでも100メートル高度が上 がるごとに普通は1℃気温が下がるのだが、なぜかこの島では3℃下 がるらしい。などいろいろと島のことを教えてくれる。御蔵島ミニ講座である。

カメラを持った女性達は途中の分かれ道で降りた。ここから歩いて 「鈴原湿原」へ撮影に行くのだという。あいにくの雨中なので大変そうだ。 御蔵島は平地の少ないこんもりとした島なので、ここに来る間にかなり高度も上 がっている。「海からすぐ山」というやつで、そのせいか風も強く木々が揺 れている。霧も濃くなった。

いきどまりの「えびね公園」に着いた。エビネは御蔵島の名産で、その中でも香 りのつよいニオイエビネは貴重で一本数万円もするらしい。そのエビネ がこのえびね公園で栽培されているということなので匂いだけでも嗅 いでいこうと思ったのだが、入り口が閉まっている。「休みですか」 「いつもならやっている日なんですが、きょうは葬式があるから」

えびね公園の管理をしているのは年輩の女性なのだが、今日は村落で葬式 があるからここを閉めてそっちへ行っている。だから休み、というわけ。残念 ではあるが、ほのぼのした話だ。クルマは宿所へ引き返す。

「御蔵島ではイルカは食べないのですか」「食べないです。それが幸 いしたのでしょう」。イルカが安心して寄って来るから観光資源になったのだという。





表紙へ
表紙へ
サラタビへ
サラタビへ
目次へ
目次へ
同じ日のヲサムへ
ヲサムへ
GO PREVIOUS
前へ
GO NEXT
次へ