ふじうら旅日記

4日目 その3






「二人の王と王妃の物語」を見る。
テンポの遅さに、だんだん眠くなってしまう。

バッグの中身を入れ換えるために一度クルマに戻る。終って出てくるとミンジュが警官と立ち話をしていた。「オレの同僚だ」。管轄は違うがときどきは顔を合わせることもあるらしい。「でも名前は知らない」。ミンジュは調子がいい。クルマを走らせている間にもときどき顔見知りがいるらしく挨拶を交わしている。

警官は祭りの見回りと交通整理に来たらしい。制服に「国王在位25周年」の小さなバッジを付けている。ブータンは警察も「ロイヤルポリス」である。
やることもないので再びゾンへ帰りツェチュの続きを見る。小雨がぱらついてきたので床に座っている人の中に移動する人もいて、少し前のほうが空いている。

見始めはしたものの、すぐまた退屈して周りの人の服装などを眺める。肩にかけたタスキのような礼帯もよく見ると少しづつ違っていて、凝った人はタスキの端に小さな紐輪とボタンが付いていてそれで留めるようになっている。安易なものは安全ピンだ。ワイシャツの襟のように、このような細部にもいろんな工夫がある。

広場の標識「左はゾン」
「次のは物語になっています」とカルマが解説をする。「二人の若い王様が遠くに戦争に行っている間に、王妃が家臣の誘惑に乗ってしまいます。帰ってきた王様は反乱した家来たちと戦って勝ち、罰として王妃の鼻をそぎ落とすのです」。

若い王の面(ティンプー) 選挙のときのアサハラショーコーのような面をかぶった王と王妃がふたりづつ登場する。

家臣の役をするのはアチャラたちだ。他に大臣と医者役がいるが、医者が登場するのは最後にちょっとだけである。

ほとんどは仕草で伝える無言劇だが、アチャラはわりあい勝手にしゃべっている。芝居の間はひじょーーーーーに長い。しかも繰り返しが多い。私は廊下の手摺りに腰掛けて人々の頭ごしに見ていたのだが、すっかり眠くなって手摺りから一度ずり落ちてしまった。

アチャラは客をあれこれいじり、笑いを取っている。いちばんウケているのは王の留守に王妃を誘惑する場面だ。誘惑する家臣は普通のアチャラとは少し違って猿のような顔をしていたので、ここでは「猿面」と呼ぶことにしよう。

猿面が王妃にちょっかいを出すのを大臣が妨げる。猿面は大臣を騙してしたたかに酒を飲ませる。寝るときに抜け駆けしないように抱き合って寝るのだが猿面は部下を代りに抱きつかせて王妃のもとへ行く。それに気づいた大臣は烈火の如く怒って手にした杖で猿面を追い払う。

この杖がけっこう大事な小道具で、大臣が家臣たちを乱暴に杖で叩くたびに人々の笑いが起こる。猿面はまたも大臣をなだめて一緒に酒を飲む。今度は足をしばりあって寝るのだが、またも他の家臣の足を身代わりにして王妃のもとに忍んで行くのである。

もともとが「寝取る」という色っぽいテーマであるうえに、大臣を起こさず身代わりの男と入れ替わろうと苦心する猿面に、寝ている大臣がいい間合いで抱き付いてきたりするおかしさ。家臣の部下たちの性的な仕草など、随所に様式美を感じさせる。

様式は例えば次のような具合だ。目覚めた大臣は猿面がいないことに気づき行方を探す、そのときの目配り。そのうち遠くの王妃のあたりに気配を感じ、自分の股の間から見て発見する形。発見すると怒りのあまり肩掛を地面に数度強く撃ちつけ、オコリを発したように身体を痙攣させながら猿面に近づいていく形。

猿面にもまた様式的な型が感じられた。例えば、王妃の膝枕(ひざまくら)をしているように見える形。実のところは王妃の膝の近くの地面に寝ているだけである。しかし印象としては王妃の膝を枕にしているかのように見える。ここからはまったくの想像だが、もしかしたら「本当に膝の上に頭を乗せると屋外劇にしては図柄が小さくなってしまうのでそういう形になった」のかもしれない。

そこへ大臣が怒りを帯びて近づくと、猿面が寝そべったまま両足をバタバタさせて狼狽を示す形。最初のうちは膝枕なのに、最後の一回だけは王妃の肩を抱いて親密さを示す形、など長い伝統を感じさせる芸であった。

これもティンプーで
残念だったのはクライマックスの「鼻をそぎ落とす」場面。すでに相当眠くなっていたにも関わらずその場面だけは注目していたのだが非常にあっけなかった。もっと派手にやればいいのに。

この場面が「どさくさ」の中で行なわれるのを見て、私はあることに気づいた。この様式には静止してポーズを決める「見栄」「決め」がないのである。

もちろん祭りは宗教的なものなので商業演劇のように論じることはふさわしくない。上記のことは私の勝手な感想にすぎない。しかし神事といえども観客の眼によって芸能として鍛えられていくのだと思う。

このように様式美に見るものはあったものの、全体としてはあまりにも長く、しつこい繰り返しの多い、展開の遅い演出である。ブータン人でも若者たちは、老人や親が笑っている場面でもう笑えなくなっているように見えた。

王と王妃の物語が終ったので、それを潮にゾンを出て周りを見る。ワンデュポダンのゾンは崖の上に立ち、防御に優れた見事な山城の姿をしている。非常時に備えてか消防車が待機していた。消防も警察の管轄になっているらしく「ROYAL BHUTAN POLICE」と記されている。

消防車
アチャラに撮影料をせびられる
アチャラが出てきたのでヲサム君が写真を撮ると、ちょいちょいと手で合図をした。チップを寄越せと言っているらしい。 ヲサム君から1ドルせしめたアチャラは、面のためよく見えないのかドル札を覗き込むようにしていた。





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