ふじうら旅日記

4日目 その4






うかつにも雪駄履きでクルマを出てしまった。
寺までの道はこの旅いちばんの悪路だというのに。

いい加減祭りも見たのでもう帰ることにする。なんだか疲れた。「途中もうひとつラカンに寄ります」というカルマの声を確かに聞いたのだが、クルマに乗ったとたんホテルに帰るような気がして靴を脱ぎ雪駄に履きかえる。

カローラが小さな村落の前に停まったとき「あ、そうだ。もうひとつラカンに行くんだった」と思い出したが、寺の建物に入るのならどうせ履物を脱ぐのだしこのほうが便利だろうと雪駄のままでクルマを降りる。パロのゾンで僧たちがみんな草履を履いていて楽そうだったという記憶もある。

それが間違いだった。

小さな村に入った頃はまだよかった。近寄って来る子供たちの写真を撮り、新米を精米しているところや、村の中心の井戸、それからの流れに挿してあるマニ水車を見ながら牛小屋の藁の匂いのする村を歩いている頃は牧歌的だったのである。

ところがカルマはどんどん村を抜けて細い畦道(あぜみち)に入っていく。

区画整理されていない水田なので畦道は細い水路に沿って作られている。ときには少し広いクリークを渡るために細い堤防の上を歩き飛び石を渡る。雪駄で行くにはおよそ不向きなのであった。

村の子供
畦道を行く 左の丘に目的のラハンが見える
「どこまで行くの」
「あそこのラハンです」

見るとはるか遠くの小高い丘の上ではないか。いやになってきた。いまからでも靴を取りに帰ろうかと思うほどだが、ここまできたら前進したほうがまだ近いか。私は無口になってひたすら地面を見ながら歩くのである。

この旅でいちばん厳しい行程をいちばんいい加減な装備で歩いている。「バカな俺、、」と思ったがもう始まってしまったものはしかたがない。

私がもし若造なら歩き始めたところで誰かが「バーカ!靴履け!」と怒鳴ることもできたかもしれないが、皆私より年下で、この選択を誰も修正してくれない。年長者には誰も注意してくれないのである。というわけで、自己責任でトボトボ歩く。

寺の下に近づくとなだらかな丘陵になっていて、ところどころ帯状に「国有地」の表示があった。柵で囲われているので、人々が通行できるように国有地にはところどころ切れ目があり、切れ目のないところには歩道橋のように柵を渡る橋が設けてあった。

牛の群れる丘陵の向こうに細く川が見えた。

川をゾンカ語で「チュ」と言う。ヲサム君とミンジュはお互いに言葉を教えはじめていたのだが、ミンジュはあんまり覚えがよくない。言語感覚に優れるというブータン人にしては意外だ。真剣ではないのかもしれない。朝起きると「オカヨ」と言っている。ここでもやはりカとハは混同されるようだ。

ミンジュがいちばんよく覚えた日本語?は「チュチュ」である。川を表わすチュの話をしたときに「日本ではキスのことをチュチュと言うんだ」とヲサム君が教えたら、それだけはすぐ覚えた。「チュチュ、チュチュ」と連発。日本人女性に会ったら使ってやろうなどと不埒なことを考えている。

登り道を先導するように私たちについてくる犬がいた。その犬にもチュチュという名前をつけている。

短い草が生えていて歩くのにそう困りはしないが、雪駄の底が滑るのと牛の糞が多いので気をつけて歩かなければならない。ヲサム君は「えんがちょ踏んだらその瞬間の記念写真撮りますからね」などと気楽なことを言っている。それどころじゃないというの。

ようやく寺についた。

ここはチミ・ラハン。「犬の寺」だという。カルマの解説によると「高僧が旅の途中、樹の上で眠っていたらその樹の下で悪鬼が騒いだので捕まえて、犬のかたちになったのを放り投げたらこの山の上まで跳んできて地面に埋まったのでその上に大石を乗せて寺を作った」とか。

ひょっとしたら「悪魔を退治するのに犬が役立った」のだったかもしれない。その話を聞いてからこの原稿を書くまで二ヵ月を経て、どっちだったか忘れてしまった。

チミ・ラハン
これは小さなマニ車
老人が大きなマニ車のそばに座ってゆっくりゆっくり回している。丘の上のなかなか趣きのある寺である。

「この寺はヲサムには大事です」
「なんで」
「子供が授かります」
「まだ要らないよ」
「この次 新婚旅行でまた来てください」

日本でも犬は安産のシンボルだが、通じ合うものがあるのかなあ。

寺の奥のほうへ行くと思いがけず高く切り立った崖になっていて眼下に川が見える。川沿いに細い街道がある。ここはプナカとワンデュポダンを結ぶ要路を上から監視する砦には最適な地形だ。

崖を見下ろすようにダルシン(経幡)が何本も立っている。こういうふうに旗がたくさん立ち並んでいる姿を「八幡」というんだよなあ、などと思いながら叢(くさむら)を抜けて帰ってくるとズボンの裾にたくさん草の実が付いていた。ヌスビトハギの仲間である。

しっかりとくっついて離れない。地面に座って苦労しながら取っているところを近所の子供が興味深かそうに見つめていた。

このあたりの子供たちは概して外国人に慣れている。「ハロー!」などと声をかける子も多い。観光地の子なのである。

仲良く草の実を取る
雪駄は下りの坂道のほうが大変だ。鼻緒で支えているだけなのでふんばりが利かない。

だましだまし坂を下り、なんとか村に近づいたが、最後のところで畦道に空いていた穴に落ちた。下は小川で土は柔らかいからなんのダメージもなかったが足元が滑るのはやはり気持ち悪い。

「犬の寺」にいた猫
村の井戸で足を洗ってクルマに戻ったら、入れ替わりにコバヤシ夫妻が訪れた。

「これからですか?」
「そうです。大変ですか?」
「たいへんだけど、まあその靴なら大丈夫でしょう」

すでに夕刻遅く、やや暗くなりかけている。これから行くのは足元が暗いかもしれないので気をつけて。

後で聞いたらやはり「穴に落ちた」らしい。しかし新婚とあらばチミ・ラカンに行かないわけにもいくまい。

ところでミンジュは日本女性に会ったら「チュチュ」と言おうと決めていたのだが、不熱心な生徒なのでこの夫妻に会ったときはすっかり忘れていたようだ。後でそれを思い出してほっとする。





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