Baduy
次へ


おもいがけず手に入れた白バドゥイの山刀。
バドゥイの生活も変化しているのか。

鶏の真似をしてリラックスしたのか、よい撮影ができたから上機嫌なのか、ガジェボ村に帰ってきてからもダイトウさんは好調だ。大体がガキ大将のような無邪気な人なので、バドゥイにもその純心さが伝わるのだろう。白バドゥイの三人とも、だんだんうちとけてきた。

どうもダイトウさんは刀剣類が大好きなのであるらしい。さっきからバドゥイの山刀が気になっていて、しきりに見せろといっている。最初は恥かしがっていた白バドゥイの三人も、半日ほど一緒にいると「あ、この人はほんとに刀が好きなんだな」とわかったらしく、山刀を見せてくれた。いくらかは自慢したい気持ちもあるように見えた。


「おお、ダマスカス鋼だ」とダイトウさんが感心している。なんでも銅と鋼を重ね打ちする技法らしい。刃も見事だがそれを包む鞘も、美しい鳥の嘴(くちばし)で装飾された見事なものである。ダイトウさんの、山刀を見つめる眼の色が変ってきた。


断わられることを覚悟で持ち主と交渉すると、しばらく悩んでいたのだが、意外にも売ってくれるという。ダイトウさんは大喜びである。持ち主はさてジュリだったかジャマだったか、しかしすぐにはその山刀を渡してくれない。ふたりの白バドゥイが話をしながら家の裏のほうに行き、なにやらごそごそしている。

ダイトウさんは、もしやいったん売るといったもののやはりバドゥイの戒律に触れると相談しているのではないかしらんと、心配そうにそちらを覗いている。


山刀を研ぐ 白バドゥイのふたりは、水の入った桶を持って帰ってきた。なんと親切なことに、山刀を研いでから渡すというのである。これにはダイトウさんならずとも感激した。白バドゥイに自分の刀を研いでもらうとは。


刀の値は90,000rp(1278円)であった。無論、バドゥイにとってはかなりの高額には違いない。もう一人の差していた山刀はヤマモリさんの買うところとなった。私もそうとう気を惹かれたのだが、これからの旅路を考えると躊躇される。刀をもって貧乏旅行をするわけにもいくまい。



気分を出しているダイトウさん
ダイトウさんはさっそくその山刀を腰に差し、咥えタバコでポーズをつけてなにやら気分に浸っている。刃物を持つと少年に戻るらしい。しかしどう見ても、日活アクション映画の悪役かメキシコの山賊みたいだ。



それにしても、白バドゥイが「売る」という行為をした。しかも非常に稚拙なものではあったが少しでも高く売ろうとする駆け引きの様子さえうかがわれた。

「経済がない」というがほんとうなのだろうか。それとも変化してこうなったのだろうか。「私たちと接触することがバドゥイの文化を汚染しているのではないのか」という不安が心に浮かぶ。


日暮れ近く、白バドゥイの三人は自分の村に戻っていった。

もう日没も近いし、もっと話もしたい。ひさしぶりに会ったんじゃないか夕食も一緒に食べよう、とドンさんがしきりに口説くのだが、三人は困ったような顔はするのだが意志をまげない。「家族が待っているから」とか、そういう理由を言っているらしい。


このガジェボ村はバドゥイのテリトリーのほんの入口で、彼らの住むチベオという村はもっとずいぶん奥、白バドゥイエリアの中央にあるらしい。私たち日本人の足なら「10時間はかかるだろう」という距離だ。


もう、すぐに夜が来る。灯り一つない山道をそんなところまで歩いて帰るのか。ドンさんによると「彼らは暗闇でも物が見える」「闇夜でも方向がわかる」という。退化した人間が失った能力が、バドゥイには残っているのだろうか。




c 1998 Keiichiro Fujiura


TOP PAGE表紙へ
GO MAPマップへ
GO PREVIOUS前へ
GO NEXT次へ