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午後の時間を利用してもう一遠征することにした。 ひとつ奥の村まで行く。途中にいくつか小屋があったが、ちょうど「鬼太郎の家」、あの霊界ポストのある家のようだ。高床式で屋根は三角になっている。 そういえばこの森全体に、文明とともに滅んだ古代の霊や精が生き残っているようにも思える。 |
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その村、チカカル村の人々はまた一段と内気な印象だった。ひとつ入るだけで文明との距離が遠ざかるのがわかる。カメラを向けると逃げる。撮影されること自体が戒律に触れるらしい。 ここもまだ黒バドゥイの村だ。私たち外部のものは白バドゥイの村に入ることはできない。しかし、白バドゥイの世界に近づいていることが感じられる。 |
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家の前の縁側(ソソロ)は低地のものほど立派でなく、ほんの簡素なものだ。ちょうど昔の日本の、農家の縁側のようだ。そのまわりに桶や籠や網などが吊るされている。ほとんどは竹で編んだものだ。 |
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子供たちは物陰に隠れながらこちらを伺い、大人は知らん顔で作業をしているふりをしているが、ときおり鋭い視線がこちらに向けられる。 たくさんの鶏が足元で遊んでいる。存外、人口は多い。とくに子供が多い。若くして死ぬためか、山奥の村にしては女子供が多い。青年はほとんどいない。働きに出ているのだろう。女性たちは夕食の仕度をしているようだ。 |
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ダイトウさんが妙な声をあげはじめた。「クックックッククー!」 鶏の真似をしているのである。こんどは手を羽のかたちにしてバタバタしはじめた。子供たちは、はじめ驚いたように、そして次第に笑いながらダイトウさんに近づいてくる。突然そのひとりにダイトウさんが襲いかかった。 「クックックッククー!」 |
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その子はびくっとしたが、ふざけているのがわかって笑い出す。そこでダイトウさんはその子を「ここに来い」と言ってフォトラマ(ポラロイドと同じようなインスタント写真)で撮る。 バドゥイの掟では写真を撮られることも禁忌らしいのだが、妙な鶏オヤジに気を取られて撮影されてしまう。 |
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ダイトウさんは芝居っ気たっぷりにフォトラマのフィルムを取り出す。魔法の力で絵が浮かび上がるという思い入れ。手をかざしてその印画紙に魔法を送ると、おお、なんと自分の姿が映るではないか! 子供たちは徐々にダイトウさんの魔力のとりこになってしまった。 |
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それを大人たちも遠巻きに眺めている。好奇心に逆らえなかったのは、やはり女性たちだ。釣竿を削っているオヤジは「けっ」という顔をして冷淡なふりをしているが、目はこちらから離れない。女性たちはダイトウさんを取り巻いて、「あら、あんたよ。ほら、これ、あんただわ!」と歓声をあげている。 |
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ダイトウさんは何度も魔法の仕種をしているうちに、自分でも照れてきた。 なんか信じられていない感じがする。 「こいつら、ほんとはフォトラマを知ってるんじゃないのか」 もともと警戒心を解くために始めたのであって、いつまでもフォトラマばかり撮っているわけにはいかない。本来の目的である通常撮影を開始する。 |
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その機に乗じて私たちも撮影をはじめたのだが、そういうカメラはすぐ写真ができるわけではないので「なんだ」という顔をされてしまう。 そろそろ引き上げ時である。 |
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