Jakarta
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一行は東京に帰り、私はこの街に残る。
夜道をホテルに帰ると、ジャカルタの夜だ。

話は尽きないが、出発の時刻が近づいた。撮影隊の一行は深夜の飛行機で日本に帰るのである。BINHOUSEの皆さんに礼を言い、再会を誓い、握手をして別れる。トトもいたのでバドゥイの村での礼を言う。みんな玄関まで出て見送ってくれた。

ロケバスで空港まで向かう。が、途中で私だけ「では、ここでいいから」と降ろしてもらう。ちょうどプレジデントニッコーとジャクサ通りの中間くらいのショッピングビルの前、マクドナルドのあるあたりだ。ここからなら歩いても帰れる。

ダイトウ夫妻が私を見ている。「こんなところで降りて、大丈夫?」と思っているのがわかる。表通りではあるが、もう夜も更けてあたりは薄暗く、人の気配もあまりない。「大丈夫です。ではお元気で」

「気を付けて」と手を振ってバスは走り去る。私は異国の街に一人残った。BINHOUSEの連中も私はロケ隊と一緒に日本に帰ったものと思っている。「私がここにいることは誰も知らない」という感じだ。大都会ジャカルタのビルの間にも、ところどころ南国の木々が闇をつくっている。


「さて、また一人旅が始まったなあ」
妙な孤独感を感じる。


ミゼットが来たので、2500rp(35円)でCIPTAホテルに着く。部屋に入った途端に電話が鳴った。

出るとフロントで「マッサージはいらないか」と言う。
「いくらだ」
「250,000rp(3,500円)」
「いらない」 と切る。

前に書いたようにマッサージは体感価格1000円が相場である。ルピア暴落のいま、この値段はずいぶん高い。まっとうなマッサージでないことは明らかだ。そうか、そういうホテルか。フロントがポン引きをしている。

ジャクサ通り 出口あたり この部屋はホテルの玄関のすぐ上なので表の通りが見える。ちょうどジャランジャクサの一方通行の出口にあたる。見ると街娼が外国人ツーリストに声をかけている。



c 1998 Keiichiro Fujiura


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