Tawau
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屋台「アズヌール」は雨の中。
道路で調理したエビ焼飯を食べる。

タワウの街角 「この町でいちばんうまいカレーはどこ?」フロントの女性たちは相談をはじめる。あそこかな、ここかな。親切なオーナーが「エアコンのある店がいいか?」と聞く。いや、そんなことはかまわない。では「アズヌールの店がよい」とご神託が下る。一同その名にうなずく。ロビーのベンチに座っていた作業員の男もうなずく。評判の店らしい。

「アズヌールはオープンエアだけど、そこでいいか。」もちろんである。オーナーが「アズヌールまでクルマで送らせる」と言う。至れり尽くせりだ。


青いムスク 夕刻を待ってクルマで送ってもらう。青いムスクの近く。大宏の駐車場を抜けた場所まで行くと「ここだ」。え?どこだ。見ると道路を占拠してビーチパラソルのついたテーブルが4つほど並んでいる。これが「オープンエア」か。OK、OK、とテーブルに着く。

働いているのは姉妹らしい十代の娘ふたりとお父さん。プロパンガスのコンロがふたつ。大きなタライがひとつ。あ、タライで洗う店だ。「屋台についての注意」を読んだことがある。屋台であっても食器は水道の流水で洗っている店にすること。溜め水で洗っている店は避けろ。しかし、もう座ってしまった。まあなんとかなるだろう。ホテルのおすすめだし。


AZNURの店先(別の日に撮る) もう一組は地元の男たち。4人でなにかを飲んでいる。言葉がまったく通じないので、男たちを指差して「同じもの」を頼んだら暖かいココアだった。

テーブルは通りのどまんなかに広げられている。クルマは、この店のテーブルをよけながらおずおず通っていく。図々しい店だ。目の前にAZNURの看板を出した商店があるが、いまはシャッターが閉まっている。ホテルの人はこの屋台を「アズヌール」と呼んでいたが、正確にいうと「アズヌール商店前の店」ということになるのだろう。

いつまで経っても料理を作る気配がない。注文も取りに来ない。カレーの香りもしない。まだこれからなのだろうか。娘たちは材料の仕込みをしている。じゃっとニンニクをいためる。いい匂いが道路に立ちこめる。少し期待が高まる。

そこへあいにく雨が降ってきた。男たちはココアだけでそそくさと帰ってしまう。店の娘たちはコンロの上にパラソルを広げたりして雨を防いでいたが、風も吹くし火の点いたコンロが傾くしで、危ないことこのうえない。雨が強くなったのでテーブルをアズヌール商店の前に移動する。ここには狭いながら軒先があって雨をしのげる。


漢字の看板 客は私だけになってしまった。娘はスカートを脚の間にはさんでタライの前にしゃがみ、エビの殻を剥いている。生のエビに雨がかかり、軒先を歩く人々の靴がすぐ傍を通る。泥がかかりそうだ。

雨をいいことにイカのワタを道に流してしまう。準備中の材料はアスファルトの道路に並べられ、雨がその上に容赦なく降る。ときどきゴキブリがその道路を歩いている。

だんだん悪い予感がしてきた。あのエビを食うことになるのか。しかもカレーの匂いはしない。言葉は通じない。軒先の歩道の下はどぶになっていてそこからゴキブリが出てくるらしいが、蚊も出てくる。どぶ板のすぐ上にじっと座っているので、蚊は私を集中的に襲ってくる。 こういう展開になるとは思わないから防虫スプレーをかけてきていない。マラリアの予防接種だと思って我慢するが足がぼこぼこになってくる。ぼりぼりやりながら雨の中で座っている客を、親子は不思議と思わないのか何も声をかけてこない。


雨に濡れるバナナ そもそもこの雨の中なんの準備をしているのだろう。私が注文しないとあの材料は無駄になるのだろうか。事態を見極めたいという誘惑にかられる。しかし痒い。

ドーナツのような揚げ物を娘が作って店の親父が食べているのを見ていたら「こっちへ来て食べろ」と誘われた。卵が入ってふわふわしていて、天ぷらの衣の甘いやつのようだ。少しレモンの香りがする。油はややしつこいがそれなりに気を配った風味だ。「うまい」と手まねでいうと親父がニコニコする。


HOKOちゃんって、、 雨のなか、ようやく他の客が来た。なにか頼むと娘がパラソルの下で炒め物を始める。焼きソバらしい。どうやらこの店がカレー屋でないことははっきりしてきた。「カレー」というのがホテルの人たちに伝わらなかったのか。それともこういう食事を「カレー」と呼んでいるのか。

まあいい。ここでなにか食べていこう。もう少し後になれば「ミー・ゴレン(焼きソバ)」とか「ナシ・ゴレン(焼きメシ)」くらいの言葉は知ったのだが、この時点ではなにも単語を知らない。

うまそうな白飯がジャーのなかにあるので、それを指差して「カレーをこれにかけられないか?」と言ってみるのだが、何も通じない。「ご飯を食べたいのね?」と娘が手まねで言うから「そうだ」とうなずくと彼女は焼きメシを作り出した。まあ、しょうがない。出たものを食おう。

目玉焼きを乗せた焼きメシ(さっきのアスファルトの上でさばいたエビ入り)を食べて席を立った。料金は5RM(178円)。あいにく10RM紙幣しかない。まあいいやと渡すと娘がこっちを見つめている。「おつりがない」と言っているのは明白だ。両手を広げて5をふたつ作って、「5は君のものだ」と伝える。顔がぱっと明るくなって、握手する。



クロコダイルウイスキー
帰りに大きなスーパーマーケット「大宏」で地元のウイスキー「CROCODILE」5RM50(196円)と折り畳み傘を買って、雨の中歩いて帰る。傘を差していると顔が見えないので地元の人と区別がつかない。そこが楽しい。ホテルでクロコダイルを飲む。うー、まずい。工業用アルコールにチャコールで味付けしたような酒だ。


アズヌールのエビについては内心「これは当ったかも」と思っていたのだが、翌日になっても別段なんのこともなかった。クロコダイルウィスキーも次の日になれば気にせず飲んでいた。こうやって、日に日にアジアの人になっていく。


c 1998 Keiichiro Fujiura


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