Ujungpandang
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海岸のレストランに客は私一人。
従業員全員と記念撮影をする。

TAMAN RIA 「ここだ」。クルマは海水浴場のようなところで停まった。コンクリートの堤防。だだっ広い砂浜。飛行機で降りるときに見た海岸のようだ。人気はない。もう夕刻である。そこに目的地の店があった。

廃虚めいた木造の建物に、場違いなネオンがTAMAN RIAの文字を点灯させている。季節外れのビーチハウスのようだ。中は暗い。板張りの床は砂にまみれ、隙間から波が見える。テーブルがあるが、客は誰もいないようだ。入ると暗い部屋の大きな窓が海でいっぱいになった。よい眺め、と言えばよい眺め。しかし正直なところ荒涼というにふさわしい。


突然、背後から男の大きな声に呼び止められた。何を言っているのかわからない。そちらを向くと白い服を着た男が立っていた。「客か?」とその顔は言っている。

そうだ。
そうか。まあ座れ。

するとどこからか若い女性が現われ、メモを持って注文を取ろうとする。一言も通じない。困惑した彼女に「ビンタン」と言ってみる。ビンタンはない。そうか。しかし、なんとかがある。なんとか?女性はこっちこっちと手招きをした。見るとビールらしいものがある。アンカービアーだ。それでいい。


魚は?水槽を見に行った。海の中に柵が仕切って、金網が沈めてある。適当な魚を選ぶ。「ラプラプ」あ、これがラプラプか。サンボアンガで食ったな。白身のうまい魚だ。それにしよう。

男がなにかを言う。なんだろう。あ、そうかそうか。ええと「焼いてくれ」。通じない。どうすればわかるのだ。魚焼網の手まねをするが、通じない。そこで男と台所へ行く。グリルの道具みたいなものがあったので、それを指差す。

よしわかった。待っていろ。



TAMAN RIA
出てきたアンカービールはぬるかったので、もっと冷たいやつをと言ったら氷をたくさん持ってきた。この氷はもちろん生水を凍らせたものなので危険なのだが、私はもう慣れっこになっていた。つまりはアジアをナメはじめていたので、平気で入れて飲む。

料理が遅いので海をバックにビール瓶の写真を撮ったりしていると、フラッシュに寄せられるように従業員が集まってきた。「私も撮ってくれ」「あーいいよ」「みんなで記念撮影しよう」「あーいいよ」なぜだか知らないが女の子ふたりの肩を抱いて写真に撮られたりする。客はいないのに従業員だけやたら大勢いるのか。


そのうちようやく料理が出てきた。ラプラプの焼き物(カラシソース付)に野菜炒め、それにサラダと飯だ。うまいうまい。滅法うまい。考えたら、これがこの日初めての食事であった。アンカービール2本と食後のお茶を入れて、24,750rp(351円)。



イルハム
従業員のなかに片言の英語の話せる男がいた。名をイルハムという。年齢は30歳くらいである。「俺はエンジニアだ」と言っていたから、従業員ではないのかもしれない。そもそも彼らはみんな従業員ではなく、写真を撮るというので集まってきただけかもしれない。

イルハムがエンジニアだというのは、船のエンジンを修理できるからだ。古いエンジンはしょっちゅう故障するのだろう。ヤマハ、カワサキ、日本にはいいエンジンがある。しかし高い。
男の話題はアジアの通奏低音のようだ。


TAMAN RIA レストランの窓から眺めると、ここは細長い入江のごく奥にあたるようだ。左右はどちらも長い長い海岸線になっていて、両翼をすぼめたように前方に向かっている。もう日が暮れたのにめぼしい灯りもない。わずかに右手のほうが少し明るい。

あのあたりが港なのだろうか。とすれば相当の距離のように見える。


さて、そろそろ帰ろう。タクシーを呼んでくれと言うと「私が送ろう」とイルハムが言った。いいのか?いいとも、そのかわり写真は必ず送ってくれよ。ニッサンのトラックの助手席に乗ってホテルまで帰った。レストランまでのタクシー代は4,500rp(63円)だったので、「これはお礼だよ」と10,000rp渡すと「いいのか?わるいな」と彼は何度も繰り返した。


ロビーに帰るとサラムがいた。
「魚はうまかったか?」
「ああ、うまかった。ありがとう」
君にもお礼しなくちゃねという間もなくサラムがまた言い出した。
「これからガールフレンドとカラオケにいかないか」
まったくこの男は。

「いや、もう疲れたから寝るよ」
「そうか。明日の予定は」

うるさいなあ。なんて取り巻きの下手なやつなんだろう。
「まだ決めてない。じゃ、おやすみ」。
こうして、サラムは私から1ルピーも得ることがなかったのである。



c 1998 Keiichiro Fujiura


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